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はじめに

このブログは2009年11月に子宮頸癌宣告を受けた人間の
闘病生活&人生記録として記しています。
このブログを開設したのは2010年7月20日ですが、手記や記憶を元に
過去に遡ったり、現在の状況を記しています。
このページは随時更新予定です。

ここでは治療の経過、自分の正直な気持ちを記していきます。
私は基本、ポジティブ精神ですが弱音、愚痴などを記していくかもしれません。

病気の症状、治療法は人それぞれです。
ここではその一例だと思って読んで頂きたいです。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 手術、追加治療の経過 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

2009年11月 7日
 生理後出血が止まらなかったため婦人科へ
2009年11月11日
 検診の結果、子宮頸癌の宣告を受ける
2009年11月26日
 詳しい検査の結果、子宮頸癌扁平上皮癌Ⅰb1期と診断
2009年12月 4日
 広汎子宮全摘出術にて手術
2009年12月22日
 病理解剖の結果、Ⅱb期と診断 化学療法9回の追加治療の宣告を受ける
2009年12月28日
 1回目化学療法投与(TC法)
2010年1月4日
 1ヶ月以上の入院を経て、退院
2010年1月26日
 2回目化学療法投与(TC法)
2010年2月23日
 3回目化学療法投与(TC法)
2010年3月19日
 4回目化学療法投与(TC法)
2010年4月15日
 5回目化学療法投与(TC法)
2010年5月11日
 6回目化学療法投与(TC法)
2010年5月24日
 CT検査の結果、腹膜に再発と宣告を受ける
2010年6月7日
 PET検査の結果、腹膜ではなくリンパ節に4箇所再発と再宣告を受ける
2010年6月10日
 新化学療法開始(NDP)weekly全6回
2010年6月22日
 放射線治療開始(全25回)
2010年7月28日
 放射線治療終了 退院
2010年8月18日
 放射線治療効果を見るためCT検査
2010年8月24日
 CT検査の結果、明らかな癌細胞が画面上見えなくなる。よって治療終了
 今後、月一の採血検査と3ヶ月に一度のCT検査にて経過観察
2010年11月26日
 3ヶ月ごとのCT検査の結果、頑固にも体に居座る癌細胞
 新たな薬での化学療法をすることが決定
2010年12月7日
 1回目化学療法投与(CPT-11/NDP)
2011年1月11日
 2回目化学療法投与(CPT-11/NDP)
2011年2月8日
 3回目化学療法投与(CPT-11/NDP)
2011年2月23日
 腎ろう造設手術
2011年3月14日
 転院し、新たな化学療法開始(TCF療法)
2011年4月11日
 2回目化学療法投与(TCF療法)
2011年4月21日
 PET検査の結果、4つあった腫瘍のうち2つが消滅したことが判明
2011年5月10日
 3回目化学療法投与(TCF療法)
2011年5月24日
 CT検査の結果、リンパ節に1箇所再々発と宣告を受ける
2011年6月7日
 新たな薬での化学療法開始(ドセタキセル、ネダプラチン)
2011年7月5日 
 2回目化学療法投与(ドセタキセル、ネダプラチン)
2011年7月26日
 転院し、開腹手術をすることが決定
2011年8月9日
 手術するなら右足切断と言われ手術を断念
2011年8月11日
 化学療法再開(パラプラチン)1回目
 飲み薬の抗癌剤TS-1を開始
2011年8月25日
 癌カテーテル治療実施(動注化学療法 シスプラチン)1回目
2011年9月14日
 化学療法(パラプラチン)2回目
2011年10月5日
 化学療法(パラプラチン)3回目
2011年11月1日
 癌カテーテル治療実施(動注化学療法 シスプラチン)2回目
2011年11月22日
 右大腿動脈狭窄のためステント留置術実施
2011年11月30日
 化学療法(パラプラチン)4回目 アレルギー反応がでたため、途中で中止
 飲み薬の抗癌剤TS-1も終了
2011年12月21日
 化学療法(カンプトトポテシン&ジェムザール)1回目 DAY1
2012年1月6日
 経尿道的膀胱腫瘍切除術実施
2012年1月18日
 化学療法(カンプトトポテシン&ジェムザール)2回目 DAY1
2012年1月25日
 化学療法(カンプトトポテシン&ジェムザール)2回目 DAY7
2012年2月22日
 化学療法(カンプトトポテシン&ジェムザール)3回目 DAY1
2012年2月29日
 化学療法(カンプトトポテシン&ジェムザール)3回目 DAY7
2012年3月15日~3月26日
 あまりの激痛に緊急入院 治癒治療の終了 緩和ケアの域へ突入
 モルヒネ、オプソの導入
2012年4月1日~4月18日
 全身痙攣が起こったため入院 悪寒による全身痙攣と判明
 高熱、消化不良による嘔吐の繰り返しのため、飲み薬の見直し
2012年4月16日
 IVHリザーバーポート植込術実施
2012年4月26日~4月30日
 CRP値ハイスコアのため入院
2012年5月2日~6月3日
 CRP値ハイスコアのため入院
2012年6月4日~6月28日
 左下肢の痛み、しびれ治療のため大学病院へ転院
 放射線治療全15回
2012年6月28日~
 上記治療後、主治医のいる病院へ転院 CRP値ハイスコアのため治療中



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婦人科へ

10月末にきた生理が止まらない。
しばらく婦人科にもかかってなかったから、行ってみよう。
そんな軽い気持ちで受診しに行った婦人科。

でも受診しに行ったのにはこれだけが理由じゃなかった。
4年くらい前から鎖骨あたりに痛みがあり、
内科、外科、乳がん検診と巡り、
ホルモンのバランスからくるものかもしれない。と言われたこともあり、
婦人科に行った。

この鎖骨付近の痛みのこと、生理が止まらないことを伝え、いざ診察台へ。
先生からの一番初めの言葉は「即入院」

え?なんで?そんなに出血ひどいかな…。
そんな程度の思いだった。
しかしこの日は簡単な止血処置をして帰宅。

このときはまさか自分の体に病魔が潜んでいるなんて思いもしなかった。



| 病気 | 23:59 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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宣告

先日の受診から、毎日病院に通った。止血処置をするために。
日曜も外来ではなく、病棟のほうで処置をするから必ず毎日来てくださいと言われた。
月曜、火曜も朝一番で病院にいった。

しかし仕事をしているから、このまま毎日通うのは正直きつかった。
なので「絶対に毎日こないとダメなのか?」と質問したところ、
「貧血で倒れちゃうかもしれないよ?」との医師からの返答。

そんなやわな体じゃない。と信じ、とりあえず火曜を最後に朝の病院通いをやめた。
そして7年くらい前に一度だけ受けたガン検診。
今回は否応なしに受けさせられ、
その結果が1週間から10日間くらいかかると言われていたのに、
結果が出たのですぐに病院にきてください。と水曜のお昼に連絡があった。

仕事を早退し、病院へ。
そしてあっさりと宣告。


子宮頸癌です。


え?冗談でしょ?ウソでしょ?
仮にそうだとしても、たいしたことないよね?
いろんなことを聞きたいのに言葉にでなかった。
結局とった行動は苦笑い。

突然の宣告で実感がない。痛みもない。
とにかく信じられなかった。


この先は大きな病院に移ってもらいます。詳しくはそちらで…。
と紹介状を書いてもらい帰宅。

自分は何をすればいいのか、
誰に何を言えばいいのかわからない時間が過ぎていった。



| 病気 | 23:59 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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再宣告

先日の宣告からはあっとゆー間の日々。
この宣告を一人胸の内に秘めておくには重すぎることだった。
そして思いついたのは昔、子宮頸癌になったと言っていた友人に報告すること。

彼女は3年前、同じ子宮頸癌に侵された。
しかし初期段階での発見で0期の異形成。
円錐切除術にて治療を行い、それでも現在1児の母。
元気に過ごしている。私もきっとそんなものだろう。
と、安易に考えていた。


それと職場の上司に報告。
この先、大きな病院に移って検査をします。と。

このときは友人に聞いた話をし、
仮に入院したとしても5日間くらいだろう。
と、ここでも安易に話していた。



そしていざ大病院での内診。
ここでも子宮頸癌と言われ、その中でも扁平上皮癌と宣告されました。
そしてステージはⅠb1期。

これを聞いたときは0期もⅠ期もたいして変わらないでしょ?
と思っていました。
なので「入院期間も1週間くらいですよね?」と聞いたところ、
「3週間」との返答。思わず「どんな手術するんですか?」と聞いた。
返ってきた答えは、


「子宮全摘出」


一気に絶望の波が押し寄せた。
私はまだ結婚もしていなかったけど、
いつかこの先、結婚して子供を産むんだろうな~。
と漠然と思っていた。なのに子宮全摘出。
言葉にならなかった。


ショックを隠しきれなかったけど、
その後の検査日、入院日、手術日等を聞き、病院を後にした。
この時点でまだ家族に話すことはできなかった。





| 病気 | 23:59 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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家族への報告

先日の内診日のあと、日を改めて精密検査に入った。
CT、MRI、心電図、レントゲン、血液検査、etc…。
腫瘍の大きさは3.5cmと診断。
当初予定した手術日で治療はこのまま進んでいくことがこの日決定した。

3週間の入院予定。
さすがに家族に黙っていることはできない期間だと思い、電話で報告。

電話口にでた母は思った以上に冷静で、逆に驚いた。
しかし翌日、電話がかかってきて何度も同じことを聞かれた。
突然耳にした娘の病気発覚に、
最初は動揺しすぎて何を言ったらいいか、何を聞いたらいいのか、
わからなかったんだとこのとき理解できた。



病気発覚から2週間。私はめまぐるしく動いた。
仕事も長期に渡って休むのでその整理、引継ぎ。
ある資格を取得するために通っていた専門学校の退校手続き。
社会保険の高額医療の手続き。
入院なんて初めてだから、その入院準備。etc…。

病気のことなんて考えているヒマがなかった。
その方が結果的に良かったのかもしれない。





| 病気 | 23:59 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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