2010年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年03月

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感染症注意報

入院中、眠れない日々が続いた。
なので眠剤をもらう。それでも1時間おきに目が覚める。
薬が体の中で暴れているようだ。

投与後3日目。
朝起きると手のむくみがすごい。握るとゴム手をつけているようだ。
朝もトースト1枚食べるのがやっとだったけど、
しかし夕食には食欲も元通り。

投与後4日目。
尿の量も多い。体重も明らかに減ってきている。
体の中の水分が全部出ていこうとしているようだ。

投与後5日目。
長い長い夢を見た。学校で勉強していたり、仕事をしていたり…。
でもぐっすり眠れた気もする。

お昼に両親がやってきた。
いろんな手料理をもって。一緒に食べる。
病院食ではない味付けに食欲も進んだ。

夕方には友人がきて、私がリクエストしたあんまんと肉まんを持って。
すっかり元気。

投与後6日目。
朝の採血の結果、白血球の中の成分で、総好中球という項目がある。
これが850まで落ちた。前回はこんなに落ちなかったのに…。

総好中球の数値が1000を切ると感染症注意報がでる。
しかし入院も1週間が過ぎたし、退院したい意志を伝える。

とりあえず自宅療養をする。という約束の元、無事退院。
2,3日は仕事。お休みしよう。




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サプリの力

先日の退院から3日経過。本日は外来で血液検査の受診。
総好中球が1600まで回復!
一般的にこの期間でここまではなかなかupしないみたい。


私は今まで、サプリとか栄養剤などを飲んだことがなかった。
しかし病気になり、人の勧めもあり、正月の退院後サプリを飲み始めていた。
ちなみに飲んでいるのはコレ

みんながみんな、このサプリによって効果があるか?!と言われたら、
誰も「絶対!」とは言えないけど、
何せ今まで不健康な生活、不規則な食生活を送っていた私だったから、
規則正しい生活をし、睡眠も毎日8時間近くとって、
さらにサプリなんてものを飲み始めたら、健康に近づいていくに違いない!
と思った。て、どれだけ不健康だったんだろう…。

医師曰く「サプリは関係ありません。その人の骨髄の能力です」
とあっさあり言われたけど。
要は骨髄がどれだけ白血球を作ることができるか。だそーです。



今日は午後、採血の結果が良かったので仕事にいった。
お昼にカップ麺を食べた。
術後の腸にはカップ麺は刺激が強いのか、下痢気味に。

ここ数日間、めちゃくちゃ寒い。今年は雪が少ないわりに極寒だ。




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振り返る2ヶ月

真夜中、突然苦しくなり目覚めた。
どこか痛いとかじゃなく、とにかくじっとしていられなくもがいた。
15分くらいで何とかおさまり、再び眠りについた夜だった。



手術を終えて約2ヶ月。いろんな思いがありました。
ぶっちゃけ、何が本音か自分でもわからない部分もあるけど、
やっぱり病気をして一番に思ったことは

健康第一。

すごく漠然としてるけど、ほんと健康であることは生きてる上で宝だと思った。
健康であるためにはまず食生活が基本。

今まで不摂生な食生活を10年以上続けていて、
食べ物はお腹が満たされればなんでもよし。
好きなものは3食連続でもOK!みたいな食生活。

しかし入院生活で3食日替わりで同じものはなく、
今まで家では食べなかったようなものも出てきて、出てくるから食べる。
食に対する欲がないだけに、出てくれば何でも食べた。

それによって、病気に関連する血液数値は悪いにしても、
それ以外の数値で栄養バランスが一目でわかる項目が初めて正常値になった。
(10年以上の健康診断を受けて一度も正常値になったことがなく、
 いつでもLOWだった!要は栄養失調?!)

なので食生活で栄養をバランス良く摂取する。
すごく大切だってことが実感できました。



それと病気に対する私の気持ち。
決してマイナス思考はなく、なんとかなる!大丈夫!という今の心境。

例えばTVドラマとかで重度の病気や、ドキュメンタリーでの障害を持つ人の話。
そーゆーのを見て漠然と、
自分がこーだったら、終わっていく人生の整理をして、悔いのない時間を過ごそう。
と考えたこともあった。

今はそれが当の本人。
いろいろ告知されたときは少なからずショックも受け、どーんと沈んだりもした。

でも"終わっていく人生"とか、"悔いのない時間"とか、
そんなことは今は全く頭になく、今までと変わらない日常。
体は以前のように機敏に動かないし、後遺症もあるけど、
病魔には立ち向かうしかない!と心の中ではわかっているんだと思う。

すごく元気そうだね!とか、強いなぁ~!とか言われるけど、
仮に私がしょんぼりしてて、弱音ばっかりはいてると、
会った人もテンション低くなるし、
そんな人を見て自分も申し訳なくなって思ってテンション下がるし…。
魔のスパイラル攻撃なわけじゃない?
だったら元気に笑って、強がりとかじゃなく、
今までみたいに冗談とか言って過ごしている方が断然いいわけで…。


そんな現在の心境で2ヶ月を振り返ってみました。
長文、失礼しました。



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微妙なポジション

今の時期、職業柄繁忙期なので残業もハンパないくらいあるけど、
それでも毎日定時で帰ってきてます。

今無理をすると今度は違う病気(リンパ浮腫)になる可能性がある。
と割り切ってるんだけど、 さすがに仕事が溜まっていく。
そんな状況なので、私のポジションにパートさんで人を雇うという話が出てきた。

ちょっと複雑。
なんか私の居場所がなくなるみたいじゃない?

でもパートさんは短時間勤務で採用するらしいから
実際はなくならないけど、どーせ採用するなら12月からしてくれていれば
私も心おきなく休めたんだけど。

3月から採用らしいので私は結局、新しい人が決まる前に
3コース目に入ることになりそう。


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事の始まり

今回、病気発覚、入院、手術、追加治療を経て、
記録として残しておこうと思った病気発覚前の経過。



今から4年前の2006年1月。
朝目覚めると鎖骨のあたりに激痛が走り、ベットから起きあがれなかった。
でも仕事に行かないといけないし…。という思いで起きあがる。
身支度をし、ゴハンを食べ、出勤するころには痛みを忘れていた。

そして同年2月。
またしても目覚めから鎖骨付近が痛い。
しかもベットから全く起きあがれなく、這うようにして布団からでたのを覚えている。

このときは結局1日中痛く、なんだろう…。と過ごした。
その後も違和感があったけど、それも慣れ、感覚も薄らいでゆき月日が過ぎる。

この頃、資格を取得するための勉強ヤル気モードが全開で突っ走っていた。
仕事、勉強、生活。とにかく時間に追われている日々だったので、
病院に行くこともしないでいた。

しかし8月の試験が終わったとき。
この一月は全てが開放されるので、思い切って病院に行ってみた。
検査をし、結果は… 何も異常なし。
ほぉ~!そーですか!って安心してたっけ。

でも気になって10月。病院を変えて再度受診。
やはり結果は同じ。しかしこんなに長い間痛いのはwhy?と医師に投げかけたところ、
「筋肉痛では?何か球技とかした?普段、筋肉痛になりにくいだけあって
 緩和されるのも時間かかるんだよ」との返答。

なんじゃそりゃ?!しかし気づいたのです。
勉強机に向かう姿勢が前傾で、肩や上半身に力が入っていることを。
なるほどねー!って学校の友達と笑って話してたっけ。



それから数年。
その痛みは鎖骨から肋骨、脇腹にかけて徐々に広がっていきました。
ずっと気にしてはいたけど、こんなに長い間筋肉痛なのはおかしい…。
慢性筋肉痛???そんなのある???っと疑問も残っていた。

ちょうどこの頃、身近で乳癌が発覚した人がいて、
もしかして私も?!的なことを考え始め、2009年8月。乳癌検診へ。
結果…。異常なし。はぁ~なんだよーーー!っと。

しかし痛いのには変わりないのでそのときの医師に、
「3年前から痛みがあって、以前2箇所の病院にかかった。
 内科、外科とかかって次はどこへいけばいいでしょう?」
との問いかけに
「ホルモンのバランスからくるものかもしれません。
 一度、婦人科を受診してみては?」
との言葉を頂きました。

この様子を母に話すと
「アンタ、そんなの肋間神経痛だって。要は栄養が足りないんだって」
と言われ、それこそなんじゃそりゃ?!と軽くスルーしていた。

そして外科医の言葉を気にしつつも、すぐには婦人科へ行かなかった私。
今から8,9年前。生理不順が続き、2年くらい婦人科通いしていた。
そのときは飲み薬で不順も整い、しばらく婦人科へ行くこともなかった。

そして2009年10月末。
不順ではなかったけど、生理が1週間以上続きこれはおかしい…。
外科医の話もあったことだし、婦人科へ行ってみよう!
という気になり、11月に近くの婦人科へ。

そのときはまず、鎖骨、肋骨、脇腹の痛みの話をした。
そーすると返ってきた答えは
「うん!肋間神経痛。病院行くなら整形外科に行って!
 きっとビタミン剤だされて終わるけど!」

●!▽※■@%○#$□!!!!!!!!?
母親がある意味、的中していたことにただただ、驚いた。

そして出血のお話へと…。
診察台にのり、すぐに医師は「即入院!」と。
そのときは何の病名も告げられず、簡単な止血処置をされ、
「今すぐ入院は総合的にみて無理です」
との私の返答に「じゃぁ、毎日病院きて家で絶対安静にしていて」
とのやりとりで事無く終了。

このとき癌検診もしていた。10日くらいで結果がでると言われたけど、
初診から5日目。電話がきて、なるべく早めに来てください。との連絡。

医師曰く、女性疾患は特に目立った症状がでないのが特徴。
出血があったのは偶然。今回の病気とは全く関係ない。
だから逆に出血があって良かったと思いなさい。と。
確かに。それがなければ病院に行くこともなかった。




この先はこのブログ開始へと続くのです。



以上の経緯に至るまで、両親には乳癌検診に行ったところまでしか話してなかった。
私の両親は極度の心配性。 婦人科でなんともなければ言うつもりもなかったけど、
なんともあって、更に言えなくなった。

相談相手はもっぱら姉。あのとき、私よりも取り乱していた姉。
肉親に…、まして姉妹とまさしく身近な血縁者。
冷静に話をしてた私がちょっと異常だったのかもしれない。

結局、両親には話すことになったけど、
さすがにこのときは無意識に、両親に申し訳ない。と思った。
両親より若い子供の私がこんな病に冒されるなんて。
私の体調管理不行届でこんな結果になったんだから。とね。




今思えば…ってことがいくつかある。

まずは保険。これは後の祭りだよね。
私は鼻くそ程度の保険しか入ってなかった。
でもその鼻くそ程度でも入っていてよかったと思った。
今はもう一つ、がっちり保険に加入したました。

それと予兆が二つ。
実は2009年10月。ひどい耳鳴りに悩まされていた。
職場でも、なんか鳴ってる?って常に言っていた。
これが直接の要因だったかはわからないけど、病魔の警告だったのかもしれない。

そして今回の病気の発症時期は推定5年前。
冒頭でも記したとおり、あの鎖骨の痛みがあったとき、
もっといろんな病院にかかっていれば…。ここまで大々的になることはなかったのに…。

全てがあのときこーしていれば、あーやっていれば、という思いも一理ある。
しかし何度考えても今更…。って話だし、後悔もしていない。
だって、みんなもまさか自分が?!って思うのが普通でしょ。
誰も何も責めることはできないのです。今は昔を振り返りません。



今は立ち向かうしかない! 決して楽観視できるものではないけど、
病魔とはうまく付き合っていくしかないんだと思う。

長文、失礼致しました。
ちなみに現在は鎖骨、肋骨、脇腹、ちっとも痛くありません。


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やめる決意 新たなる目標

私は正社員として働いていますが、
ある資格を取得するため、数年前から夜間専門学校にも通っていました。

病気が発覚していろいろなことに追われて頃。
その中でも今まで続けてきた勉強。これをどーしたものか…。と考え、
仲の良かった女性の講師に事実を告げ、相談し、
休学という制度もある。ということを知った。

しかし3日勉強をしなかっただけで、取り戻すのに2週間くらいかかる勉強量。
1ヶ月近くも休んだら、取り戻せないのでは?という思いに駆られるのと同時に、
復帰することへの目標としても続けておきたかった。
だけど先が見えなかった術前、苦渋の選択だったけど、この際思い切って止めた。

試験後、いつも思っていたことだったけど、
勉強をしていないとこんなにも時間があるんだ!っという喜びがあった。
しかし病気が発覚してからすぐに退校手続をとり、
勉強をしなくてもいいという生活リズムを送る入院までの約2週間。
あっとゆー間に過ぎていくのを感じた。、

そして年内に退院しても大掃除ができる体ではないだろう…。
という予想から、家の掃除を目まぐるしくしていました。



術後の入院中、心に引っ掛かっていたのはやっぱり勉強のことだった。
ここまできて勉強?!と思われるかもしれないけど、
全ての試験に合格し、資格を取り終えた私の人生のビジョンがあったから。

でも今は2011年9月開講、2012年8月の試験を目標に体調を整えよう!
と思う今の心意気。 ここまできても勉強を諦めない私の要素って、
いったい何から出来上がっているのだろう???






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家族のありがたみ

術後の入院中を振り返ってみる。

術後は10日間。びっちり母が看病にあたってくれた。
姉の家に寝泊まりし、地下鉄で毎日通ってくれて。
私の母は究極の方向音痴。
ちゃんとたどり着けるか心配だったけど、姉にしっかり道順を教えてもらい、
迷いながらも来てくれた。きっと、娘の私を思っての必死の行動だったんだと思う。

母は体が動かない私の体を拭いてくれたり、髪の毛を洗ってくれたり。
飲み物を飲もうにも起きあがれないからコップを取ってくれたりと。
体が動かないけど、暇な私の話し相手となってくれ、
居てくれて本当によかったと思う。

母は私が小学2年生のときから働いていた。
その職場は私の入院日前日で退職した。
これは私の入院に合わせて退職したのではなく、本当の偶然。
以前から決まっていた。
なんの因果か、そんな巡り合わせもあるものなんだ。と思った。


母が実家へ帰り、今度私の世話をしてくれるのは近くにいる姉となった。
姉は普通に会社員なので仕事も毎日。
それでも週に2,3度きてくれ、洗濯をしてくれたり、必要なものを揃えてくれた。

この頃から私も体が自由に動くようになり、体から管も次第に抜け始め、
元気を取り戻した。
そして病院食にも飽き始めた頃、姉がよく料理を作って持ってきてくれた。

もし、私と姉が逆の立場だったら…。と想像したときがあった。
私は仕事、勉強に明け暮れ、こんなにマメに世話はできなかった。
と自負する。なので姉にもすごく感謝した。



術後3週間。
当初、その期間で退院予定と聞かされていた私。
それなのに結果的に追加治療。

その追加治療を受ける決心が私にはつかなかった。
受けないと先が限られる。とわかっていても決心がつかなかった。

そんなとき、強い味方は家族だった。
先陣を切って医師と話したのは母。
母の強い勧めと、姉の励ましの言葉。
このときはただただうなずくことしかできなかった私。

こーして化学療法に入ったのです。
私の人生、今まで自分は自分!これをやりたい!これはイヤ!
っと、全部自分で決めてきた。
両親からもアンタは頑固だから決めたら絶対だもんね!
そう言いながらも応援してくれた両親。

しかしこのときばかりは自分で決められなかった自分。
家族の勧めと支えがあっての今だと。現在は思っております。



現在は2回の化学療法を終え、日常生活にも慣れてきました。
当初言われていた薬の副作用も私には全くないに等しく、ほっとしている。

それでも家族は私を心配し、料理をつくってくれたり、顔を見にくる。
そんな家族が私にはいて幸せなんだ。と実感せずにはいられない。


「家族は絶対の応援団」


ある人からそー言われました。すごくわかる気がする。
現在は家族のサポートを受けながら過ごす毎日です。
ガンバレ!私!



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願望

今朝はおしっこが出る夢を見た。
術後2回目?3回目?かな。今一番の願望なん思う。
現実はまだ自尿は一滴もでていない。



先日、仕事がどーしても終わらなく残業を1時間ほどした。
帰宅してすぐに横になりたいと思う。

しかもお腹の張りが一段とすごい!
お腹がリンパ液でぼこぼこ?!

帰宅時間が少し遅いだけでリズムが狂う。
本格的な残業なんてまだまだ無理かも…。







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3コース目化学療法

例により前日入院で病院入り。
前回の入院から、私の病室での態度を変えた。

当初入院していたときは、看護師さん以外とは全く話さなかった。
でもこれから何度も入院すること。
前回の入院時に見かけたことがある患者さんがいること。
等が重なり、会話するようになってきた。

結果的には良かったかもしれない。
それぞれの病気について話したり、自己導尿している人の話も聞けた。
他、良いことも悪いことも含めて、病気に関する情報が入ってくるのは
とてもいいことだと思った。


化学療法当日。
今回も治療前に尿の管を入れてもらう。

今回は薬が入りだすとめまいがした。微熱もあった。
部屋が暑すぎなのかもしれない。
窓をちょっと開けたりして、ずっとうとうとしていた。

16時終了。夕方には体調も戻っていた。
食欲もある。よしよし。







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