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事の始まり

今回、病気発覚、入院、手術、追加治療を経て、
記録として残しておこうと思った病気発覚前の経過。



今から4年前の2006年1月。
朝目覚めると鎖骨のあたりに激痛が走り、ベットから起きあがれなかった。
でも仕事に行かないといけないし…。という思いで起きあがる。
身支度をし、ゴハンを食べ、出勤するころには痛みを忘れていた。

そして同年2月。
またしても目覚めから鎖骨付近が痛い。
しかもベットから全く起きあがれなく、這うようにして布団からでたのを覚えている。

このときは結局1日中痛く、なんだろう…。と過ごした。
その後も違和感があったけど、それも慣れ、感覚も薄らいでゆき月日が過ぎる。

この頃、資格を取得するための勉強ヤル気モードが全開で突っ走っていた。
仕事、勉強、生活。とにかく時間に追われている日々だったので、
病院に行くこともしないでいた。

しかし8月の試験が終わったとき。
この一月は全てが開放されるので、思い切って病院に行ってみた。
検査をし、結果は… 何も異常なし。
ほぉ~!そーですか!って安心してたっけ。

でも気になって10月。病院を変えて再度受診。
やはり結果は同じ。しかしこんなに長い間痛いのはwhy?と医師に投げかけたところ、
「筋肉痛では?何か球技とかした?普段、筋肉痛になりにくいだけあって
 緩和されるのも時間かかるんだよ」との返答。

なんじゃそりゃ?!しかし気づいたのです。
勉強机に向かう姿勢が前傾で、肩や上半身に力が入っていることを。
なるほどねー!って学校の友達と笑って話してたっけ。



それから数年。
その痛みは鎖骨から肋骨、脇腹にかけて徐々に広がっていきました。
ずっと気にしてはいたけど、こんなに長い間筋肉痛なのはおかしい…。
慢性筋肉痛???そんなのある???っと疑問も残っていた。

ちょうどこの頃、身近で乳癌が発覚した人がいて、
もしかして私も?!的なことを考え始め、2009年8月。乳癌検診へ。
結果…。異常なし。はぁ~なんだよーーー!っと。

しかし痛いのには変わりないのでそのときの医師に、
「3年前から痛みがあって、以前2箇所の病院にかかった。
 内科、外科とかかって次はどこへいけばいいでしょう?」
との問いかけに
「ホルモンのバランスからくるものかもしれません。
 一度、婦人科を受診してみては?」
との言葉を頂きました。

この様子を母に話すと
「アンタ、そんなの肋間神経痛だって。要は栄養が足りないんだって」
と言われ、それこそなんじゃそりゃ?!と軽くスルーしていた。

そして外科医の言葉を気にしつつも、すぐには婦人科へ行かなかった私。
今から8,9年前。生理不順が続き、2年くらい婦人科通いしていた。
そのときは飲み薬で不順も整い、しばらく婦人科へ行くこともなかった。

そして2009年10月末。
不順ではなかったけど、生理が1週間以上続きこれはおかしい…。
外科医の話もあったことだし、婦人科へ行ってみよう!
という気になり、11月に近くの婦人科へ。

そのときはまず、鎖骨、肋骨、脇腹の痛みの話をした。
そーすると返ってきた答えは
「うん!肋間神経痛。病院行くなら整形外科に行って!
 きっとビタミン剤だされて終わるけど!」

●!▽※■@%○#$□!!!!!!!!?
母親がある意味、的中していたことにただただ、驚いた。

そして出血のお話へと…。
診察台にのり、すぐに医師は「即入院!」と。
そのときは何の病名も告げられず、簡単な止血処置をされ、
「今すぐ入院は総合的にみて無理です」
との私の返答に「じゃぁ、毎日病院きて家で絶対安静にしていて」
とのやりとりで事無く終了。

このとき癌検診もしていた。10日くらいで結果がでると言われたけど、
初診から5日目。電話がきて、なるべく早めに来てください。との連絡。

医師曰く、女性疾患は特に目立った症状がでないのが特徴。
出血があったのは偶然。今回の病気とは全く関係ない。
だから逆に出血があって良かったと思いなさい。と。
確かに。それがなければ病院に行くこともなかった。




この先はこのブログ開始へと続くのです。



以上の経緯に至るまで、両親には乳癌検診に行ったところまでしか話してなかった。
私の両親は極度の心配性。 婦人科でなんともなければ言うつもりもなかったけど、
なんともあって、更に言えなくなった。

相談相手はもっぱら姉。あのとき、私よりも取り乱していた姉。
肉親に…、まして姉妹とまさしく身近な血縁者。
冷静に話をしてた私がちょっと異常だったのかもしれない。

結局、両親には話すことになったけど、
さすがにこのときは無意識に、両親に申し訳ない。と思った。
両親より若い子供の私がこんな病に冒されるなんて。
私の体調管理不行届でこんな結果になったんだから。とね。




今思えば…ってことがいくつかある。

まずは保険。これは後の祭りだよね。
私は鼻くそ程度の保険しか入ってなかった。
でもその鼻くそ程度でも入っていてよかったと思った。
今はもう一つ、がっちり保険に加入したました。

それと予兆が二つ。
実は2009年10月。ひどい耳鳴りに悩まされていた。
職場でも、なんか鳴ってる?って常に言っていた。
これが直接の要因だったかはわからないけど、病魔の警告だったのかもしれない。

そして今回の病気の発症時期は推定5年前。
冒頭でも記したとおり、あの鎖骨の痛みがあったとき、
もっといろんな病院にかかっていれば…。ここまで大々的になることはなかったのに…。

全てがあのときこーしていれば、あーやっていれば、という思いも一理ある。
しかし何度考えても今更…。って話だし、後悔もしていない。
だって、みんなもまさか自分が?!って思うのが普通でしょ。
誰も何も責めることはできないのです。今は昔を振り返りません。



今は立ち向かうしかない! 決して楽観視できるものではないけど、
病魔とはうまく付き合っていくしかないんだと思う。

長文、失礼致しました。
ちなみに現在は鎖骨、肋骨、脇腹、ちっとも痛くありません。


| 病気 | 23:59 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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